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大阪地方裁判所 昭和48年(ワ)5775号 判決

原告 松尾研

原告 松尾淳子

右両名訴訟代理人弁護士 由良数馬

被告 大阪府

右代表者知事 黒田了一

右訴訟代理人弁護士 萩原潤三

主文

一  被告は原告らに対し各金五二七万八三二四円およびうち金四八七万八三二四円に対する昭和四八年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告らのその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを三分し、その二を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

四  この判決は第一項に限り仮りに執行することができる。

事実

一  当事者の申立

原告らは「被告は原告らに対し各金七九一万〇二〇一円およびうち金七二一万〇二〇一円に対する昭和四八年八月一九日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決および仮執行の宣言を求め、被告は「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決を求めた。

二  請求の原因

(一)  原告らの長男松尾浩之(昭和三二年四月一五日生)は大阪府立吹田高等学校一年生の野球部員として、昭和四八年八月一八日午前一一時ころ同校運動場において練習中、右運動場で投擲練習をしていた同校陸上競技部員大原幸宏こと劉栄鐘の投げたハンマー(重さ五・四四キログラム)が右頭頂部に当り、同日午後零時七分摂津市千里丘五丁目六番二四号末原外科医院において脳挫滅により死亡した。

(二)  右運動場は東西の長さが南側で約一二五メートル、北側で約一六五メートル、南北の長さが約八五メートルの梯形状のものであって、事故当時野球部は運動場の西側ほぼ半分を使って北西隅からフリーバッティングを行ない、陸上競技部は東南隅付近を使用することにして劉が右東南隅から投擲をしていたが、浩之は左翼外野手として右フリーバッティングにより飛来した打球を捕えようとした際、前記ハンマーの直撃を受けたものである。

(三)  前記練習は、野球部は顧問である同校教諭永野昭男の、陸上競技部は同様伊東英夫の各監督指導により、いずれも正規の学校クラブ活動として行なわれていたのであって、本件のような比較的狭い運動場において、フリーバッティングのような方向の一定しない打球を追うことに専念する外野手の守備練習と、方向制御の困難なハンマー投げとを同時に近接して行なわせることは、高校生の熱中と熟練の程度からみても極めて危険であることはいうまでもなく、本件事故は大阪府の公務員である同校校長や教諭らの次のような職務執行上の過失に基因するものである。

(イ)  校長大原健は、学校管理、危険防止、教員に対する指示等に関し包括的権限を有していたのであるから、野球とハンマー投げの同時練習の禁止その他危険防止のため、前記教諭らに対し適切な指示をすべきであったのにこれを怠った。

(ロ)  伊東教諭はその練習に立会っていて前記危険が予測できたにもかかわらず、野球部との同時同所での練習を避けるか、使用区域を明確に区分して相互に立入らぬようにするなど、監督者として当然とるべき危険防止措置を怠った。

(ハ)  永野教諭はその練習に立会いながら、周辺への注意を欠いたため近接した場所でハンマー投げが行なわれていることに気付かず、前同様の危険防止措置をとることもしなかった。

したがって、被告は国家賠償法一条一項により浩之の死亡により生じた損害を賠償する責任がある。

(四)  損害

(1)  逸失利益 各金四六一万〇二〇一円

浩之は死亡当時一六才で、事故がなければなお五三・九七年間生存し、その間一八才から六七才まで就労できたと考えられるから、昭和四八年労働統計要覧の企業規模計産業計男子労働者一八ないし一九才の月平均給与金六万一一〇〇円および年間特別給与金八万四四〇〇円に則り年収金八一万七六〇〇円を基礎とし、生活費としてその半額を控除し、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を差引いた金九二二万〇四〇二円の相続分各二分の一。

(2)  葬儀費用 各金一〇万円

(3)  原告ら固有の慰藉料 各金二五〇万円

(4)  弁護士費用 各金七〇万円

(五)  よって原告らは被告に対し各右合計金七九一万〇二〇一円およびうち弁護士費用部分を除く金七二一万〇二〇一円に対する事故の翌日である昭和四八年八月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

三  請求原因に対する答弁

請求原因(一)の事実は認める。同(二)の事実は、運動場の広さ、事故当時の野球部の使用範囲を除き認める。同(三)の事実中、事故が原告主張の顧問教諭の立会う正規のクラブ活動中に生じたものであることは認め、その余は争う。同(四)は争う。

四  被告の主張

(一)  本件事故の発生につき吹田高校の校長や教諭らに過失はなかった。すなわち、同校の運動場は東西の長さが南側で約一二七メートル、北側で約一六七メートル、南北の長さ約八八メートル、面積約一万八五〇〇平方メートル余であり、大阪府下の高校では中位の広さであって必ずしも狭隘ではない。そして伊東、永野両教諭は運動場の西側三分の二を野球部の、残部東側を陸上競技部の各使用区域と定め、その想定境界線上に伊東教諭および陸上競技部先輩の中村幸夫が立ち、その監視のもとにハンマー投擲練習をしていたのであって、右練習内容も投擲距離でなくフォームに重点を置くことにして、一回転の投擲に限定し、毎回伊東教諭が安全確認の合図をしたうえで投げさせていた。しかも同教諭は練習開始に先立ち野球部の外野手である浩之らに対し、前記想定境界線を超えてきた球は投げ返すからハンマー投げの区域に立入らないよう注意を与えていたにもかかわらず、浩之がこれを無視し周囲の安全も確めずに逸球を追ってとつぜんとび込んできたため本件事故に至ったものである。もとより浩之ら高校生にはすでに成人に類する知能判断力があってその自主自律的行動が期待できるものというべく、運動部の同時練習も従前から続けられていたのであるから、前記教諭らの監督、危険防止措置に欠けるところはなく、また校長は顧問教諭を定めこれに委嘱して学校クラブ員生徒の監督、危険防止にあたらせていたもので、何ら過失はない。

(二)  かりに学校側に過失があったとしても、本件事故は前記のとおり浩之の重大な過失にも基因するから、損害につき過失相殺がなされるべきである。

(三)  被告は原告らに対し本件損害の填補として金二一〇万円を支払った。

五  被告の主張に対する原告らの認否浩之の過失および損害填補の点は争う。

六  証拠≪省略≫

理由

一  請求原因(一)の事実、および事故当時野球部は顧問教諭永野昭男の監督指導の下で運動場西北隅からフリーバッティングを、陸上競技部は顧問教諭伊東英夫の監督指導によりその対角位置の運動場東南隅から劉栄鐘がハンマーの投擲練習を、それぞれ正規の学校クラブ活動として行ない、浩之が左翼外野手として前記捕球にあたっていたことは、当事者間に争いがない。

二  事故状況および被告の責任

≪証拠省略≫を総合すると、さらに次の事実が認められる。

(一)  吹田高校運動場は南北約一〇〇メートル、東西約一三〇メートル(ただし、東側は北に向かって弧状に拡がり、北端での東西の長さは約一六五メートルである)、有効面積一万八五一二・四平方メートルであって、事故当日午前一〇時一五分ころから野球部は部員二八名位が運動場西側三分の二位に広がり、西北隅バックネット前にバッター二名が立ち、二名のピッチャーが交互に投げる球を打つフリーバッティングとその捕球練習を開始し、その後まもなく陸上競技部員劉栄鐘は東南隅の小ネット前からハンマーの投擲練習を始めた。浩之のレフト守備位置はバッターから約七〇メートル、劉から約六〇メートルの運動場中央東よりの地点であったが、従来からこの種の練習で球が八〇メートル位とぶことは珍しくなかった。一方劉の投擲はフォームを主眼にし、比較的距離の伸びないノーターンまたは一回ターンに限ったもので、従来の最高記録は二回ターンで四七・五メートル、一回ターンで三九メートル程度であった。

(二)  伊東教諭はハンマー投擲練習に際し他の陸上競技部員一五名位を休息、退避させ、自分は投擲位置から西北方向に四〇余メートル離れたハンマー落下予定地点の外側に立ち、他に陸上競技部先輩の中村幸夫を付近に立たせ、さらに投擲区域に近い浩之らレフト、センターの野球部員に対し、右教諭の位置付近より東側に立入らぬよう、もし右区域内に打球が入ったならば拾って投げ返す旨大声で注意した。そして同教諭が周りに人のいないのを確かめ、その合図に従って一回ターンによる投擲が開始されたが、四回目位に投擲をした瞬間、浩之がレフト、センター間のゴロを追って同教諭の左斜後方からとつぜん走りこんできて、本件事故に至った。右事故地点は前記浩之の守備位置から東南約三〇メートル、劉の投擲位置から約三四メートル、伊東教諭らの監視位置からは九メートルほど投擲区域内に入ったところであった。

(三)  同校における夏季休暇中のクラブ活動は、生徒会各クラブキャプテンとクラブ顧問教諭の立案にもとづきその日程が組まれ、危険を伴なう種目には当該クラブ顧問が付添うことにし、また事故当日のように運動場の使用が重なる場合は互に話合い、双方の練習種目を適当に組合せて調整することになっていた。大原校長はかねて投擲競技の危険防止について伊東教諭らに注意し、普段その練習を他の種目と同時にすることはなかった。なお当日ハンマー投げを行なうことはあらかじめ野球部に通知されておらず、大原校長は勿論、永野教諭も事故発生まで同じ運動場内でそれが行なわれていることに気付かなかった。

以上の事実を覆えすべき証拠はない。

右認定の事実によれば、当日のハンマー投擲の危険区域はその位置から四〇メートル程度の範囲に限られるとしても、浩之らのレフト守備位置がすでに右危険区域にかなり近く、またそれまでハンマー投げとの同時練習もなかったのであるから、打球の変化や飛距離に応じ浩之ら守備部員が捕球に熱中して思わず危険区域に立入ることは容易に予測できたことであって、本件程度の広さの運動場において両種目の練習を同時に行なうことにすでに無理があったといわねばならない。もっとも大原校長は以上認定事実に照らし、運動場同時使用の場合の練習種目の調整を顧問教諭らに任せていたことをもって直ちにこれを非難し、法律上その責任を問うことは相当でないと考えられるけれども、伊東、永野両教諭としては前記調整により本件のような危険種目の競合を避けて事故防止に万全を期すべきであったのにこのことがなく、特に伊東教諭は現にフリーバッティング最中の浩之ら近傍の守備部員に口頭の注意を与えただけで、その背後で投手や打者の動向を十分見極めることなくハンマー投擲に踏切らせ、永野教諭は周辺の安全を確かめずハンマー投擲にも気付かなかったもので、それぞれその過失を免れることはできない。そして右過失は学校クラブ活動、すなわち前記両教諭が被告である大阪府の公務員としてその職務を行なっている際のものであるから、被告は国家賠償法一条一項に基づき本件事故による損害を賠償する責任がある。

三  過失相殺

ところで本件については、浩之もその後方でハンマー投げが行なわれていることを知り、伊東教諭の注意も聞いていたのであって、その危険も認識できたはずであるから、捕球に熱中していたとはいえ、その本来の守備位置から三〇メートル位、伊東教諭のいたところからも一〇メートル近くも無謀に突進立入った点で、同人にも過失のあったことを否定できず、以上諸事情に照らすと、本件事故によって生じた損害のうち三割を相殺減額するのが相当である。

四  損害

(一)  損害額

(1)  逸失利益 各金三三〇万八三二四円

前記のとおり浩之は事故当時一六才の高校一年生であり、≪証拠省略≫によれば、日ごろから健康で学校もほとんど欠席せず、成績も中程度で学業、運動に励んでいたことが認められ、他に特段の事情の認められない本件において、本件事故がなければ少なくとも一八才から六七才まで稼働し一般男子労働者の平均賃金程度の収入を得ることができたものと考えられるところ、≪証拠省略≫により認めうる昭和四八年度における一八ないし一九才の一般男子労働者の平均賃金月額金六万一一〇〇円、年間特別給与額金八万四四〇〇円により年収金八一万七六〇〇円を基礎とし、生活費としてその半額を控除したうえ、年別のホフマン式により年五分の割合による中間利息を差引計算すると金九四五万二三五五円となり、これから前記過失相殺によりその三割を減額した残金六六一万六六四八円の相続分各二分の一。

(2)  葬儀費用 各金七万円

≪証拠省略≫から認められるその家庭環境、浩之の年令からして金二〇万円を相当と認め、これから前記過失相殺分三割を控除した残額の相続分各二分の一。

(3)  原告ら固有の慰藉料 各金一五〇万円

本件にあらわれた一切の事情、特に被告側の過失の態様、浩之の過失の程度、後記弔慰金の受領等からして相当と認める。

(4)  弁護士費用 各金四〇万円

原告らがその訴訟代理人に支払うべき弁護士費用中、本件事故による損害として被告に賠償を求めうる金額につき、本件事案の難易、訴訟の経過、認容金額等を考慮して定める。

(二)  損害の填補について

≪証拠省略≫によれば、原告らは浩之の死亡による弔慰金として吹田高校およびPTAから各金二〇万円、同校教職員および大阪府教育委員会から各金一〇万円の交付を受けたほか、学校安全互助会から金一〇〇万円、日本学校安全会から金五〇万円の給付を受けたことが認められるところ、弔慰金については損害填補金とみることはできず、互助会については≪証拠省略≫から認められるその組織の性質上、また安全会については日本学校安全会法(昭和三四年法律一九八号)所定の共済目的および掛金保護者負担の制度にてらし、いずれもその給付金を損害額から控除することは妥当でない。

五  結論

よって原告らの本訴請求は、それぞれ以上合計金五二七万八三二四円および弁護士費用部分を除く金四八七万八三二四円に対する昭和四八年八月一九日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める部分につき理由があるので認容し、その余は棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 黒川正昭 裁判官 松本克己 山崎克之)

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